英国ひとりあるき
一、土曜の朝
露にぬれた芝の上を朝の冷たい風がなぜてゆく
積年の叡智が染みついた乳白色の壁に
重厚な鐘の音がこだました
グレート・トムの刻の鐘だ
わたしの腕時計は九時と五分を指している
三つ目の響きが終わる頃
慌てた様子の青年が門から戻ってきた
ぼんやりと眺めているわたしに気がつくと
「やあ、きみ、いそげよ」と声をかけて
彼は宿舎へと足をはやめた
九つ目が鳴りはじめた頃
息をきらした青年が駆け込んできて
わたしを怪訝そうに見ると
「百とひとつが終わるぜ」と言った
そういえば月が高い
わたしも部屋に戻ろうと踏み出したところで
鐘の音がやんだ
トムが次に目覚めるのは一時間後だ
空に浮かんでいるのは月ではない
夜にはまだ早い
かつての夜九時には
百とひとりがここで
百とひとつの鐘の音を聞き
各々の部屋へ戻ったのだという
トムは街中にその音を響かせたのだろう
トムがレンの塔で眠りについたあと
残ったかすかな余韻を
朝の風がさらってゆく
そうしてわたしはまた
白ウサギを追いかけるように歩きはじめた
二、巨石群
雨のしたたる大草原
風をさえぎるものはなく
人々はみな背を丸めて
巡礼者のようにぐるりを歩く
時に立ち止まり
やがて歩き出すかれらの列に
わたしもそっとまぎれ込んで
同じように足取りを揃える
靴は雨にしっとりと濡れる
かつては大魔道士マーリンも
朝露に足を濡らしながら
ゆったりとここを歩いたのだろう
しとしと降り続く雨を受け
なおもそびえる巨石群
かれらはウェールズからの旅人
じっと人々を見つめている
天文台か神事台かと
人々がささやくのを聞きながら
何も語ろうとはしないまま
さらに経る年月を見つめていく
かれらが見てきた何千年と
かれらが見て行く何万年を思い
じっと見つめあっているわたしは
その時の一部になれただろうか
気付けばバスの運転手が呼んでいる
わたしは慌てて列を抜けた
雨は歴史を閉じ込めるように
まだ止む気配を見せない
三、Longitude 0
電車に揺られてビルの森を抜け
駆け足気味に緑のトンネルを抜け
遠くロンドンを眺めながら坂をのぼり
わたしはついにたどり着いた
ゼロを与えられたこの場所で
一秒一秒が数えられている
世界の時を定めた頃から変わらず
刻々と時がきざまれている
向こうに見える店のひさしには
The First Shop In The World
ここから伸びる線は世界のはじまり
遠く地球の裏側までを司る時間のはじまり
ここは時を統べる場所
海をゆくひとを遠くから支え
星を見るひとをそばで見守り
旅をするわたしを送り出してくれるのだ
四、巡礼地にて
太陽が南から傾きはじめた頃
門戸は旅人たちに開かれた
サンドイッチスタンドで談笑していた者も
木陰でうたた寝をしていた者も
みやげ物屋を物色していた者も
フィッシュ&チップスを今しがた食べ終えたわたしも
ざわざわと波打つように列をなして
各々の切符を手に順番を待つ
門をくぐれば日曜市は終わり
ステンドグラスの向こうから賛美歌がもれる
きれいな首飾りの彼女はバースの婦人
大きな荷物を抱えた彼は騎士のつき人
カメラを離そうとしないのは免罪符売りで
細かにメモを取っている男性は宿屋の主人だろうか
磨かれた石壁に晴天の青が映り
白い廊下には夏の陽がこぼれる
旅人はみなそれぞれに三つの剣に奇跡を祈り
チョーサーがうたったあの空を仰いだ
わたしもそれを見届けて
とうとう物語の終わりに気付いた
露にぬれた芝の上を朝の冷たい風がなぜてゆく
積年の叡智が染みついた乳白色の壁に
重厚な鐘の音がこだました
グレート・トムの刻の鐘だ
わたしの腕時計は九時と五分を指している
三つ目の響きが終わる頃
慌てた様子の青年が門から戻ってきた
ぼんやりと眺めているわたしに気がつくと
「やあ、きみ、いそげよ」と声をかけて
彼は宿舎へと足をはやめた
九つ目が鳴りはじめた頃
息をきらした青年が駆け込んできて
わたしを怪訝そうに見ると
「百とひとつが終わるぜ」と言った
そういえば月が高い
わたしも部屋に戻ろうと踏み出したところで
鐘の音がやんだ
トムが次に目覚めるのは一時間後だ
空に浮かんでいるのは月ではない
夜にはまだ早い
かつての夜九時には
百とひとりがここで
百とひとつの鐘の音を聞き
各々の部屋へ戻ったのだという
トムは街中にその音を響かせたのだろう
トムがレンの塔で眠りについたあと
残ったかすかな余韻を
朝の風がさらってゆく
そうしてわたしはまた
白ウサギを追いかけるように歩きはじめた
二、巨石群
雨のしたたる大草原
風をさえぎるものはなく
人々はみな背を丸めて
巡礼者のようにぐるりを歩く
時に立ち止まり
やがて歩き出すかれらの列に
わたしもそっとまぎれ込んで
同じように足取りを揃える
靴は雨にしっとりと濡れる
かつては大魔道士マーリンも
朝露に足を濡らしながら
ゆったりとここを歩いたのだろう
しとしと降り続く雨を受け
なおもそびえる巨石群
かれらはウェールズからの旅人
じっと人々を見つめている
天文台か神事台かと
人々がささやくのを聞きながら
何も語ろうとはしないまま
さらに経る年月を見つめていく
かれらが見てきた何千年と
かれらが見て行く何万年を思い
じっと見つめあっているわたしは
その時の一部になれただろうか
気付けばバスの運転手が呼んでいる
わたしは慌てて列を抜けた
雨は歴史を閉じ込めるように
まだ止む気配を見せない
三、Longitude 0
電車に揺られてビルの森を抜け
駆け足気味に緑のトンネルを抜け
遠くロンドンを眺めながら坂をのぼり
わたしはついにたどり着いた
ゼロを与えられたこの場所で
一秒一秒が数えられている
世界の時を定めた頃から変わらず
刻々と時がきざまれている
向こうに見える店のひさしには
The First Shop In The World
ここから伸びる線は世界のはじまり
遠く地球の裏側までを司る時間のはじまり
ここは時を統べる場所
海をゆくひとを遠くから支え
星を見るひとをそばで見守り
旅をするわたしを送り出してくれるのだ
四、巡礼地にて
太陽が南から傾きはじめた頃
門戸は旅人たちに開かれた
サンドイッチスタンドで談笑していた者も
木陰でうたた寝をしていた者も
みやげ物屋を物色していた者も
フィッシュ&チップスを今しがた食べ終えたわたしも
ざわざわと波打つように列をなして
各々の切符を手に順番を待つ
門をくぐれば日曜市は終わり
ステンドグラスの向こうから賛美歌がもれる
きれいな首飾りの彼女はバースの婦人
大きな荷物を抱えた彼は騎士のつき人
カメラを離そうとしないのは免罪符売りで
細かにメモを取っている男性は宿屋の主人だろうか
磨かれた石壁に晴天の青が映り
白い廊下には夏の陽がこぼれる
旅人はみなそれぞれに三つの剣に奇跡を祈り
チョーサーがうたったあの空を仰いだ
わたしもそれを見届けて
とうとう物語の終わりに気付いた