Luinrhofal

8 月の夜の夢

 僕たちは電車をひと駅早く降りて、田舎道を歩くことにした。もしかしたら、そうやってこの夏を少しでも長く味わおうとしていたのかもしれない。
 駅のホームに立つと、まだ夏の残り香が立ちこめていて、僕たちの手足にしっとりとまとわりつく。夏至前の南風とは違う、かろやかな湿気。僕たちはそれを快しとして、ゆったりした足取りで歩き始めた。道は舗装されておらず、右手に川の細い流れ、左手に背の低い草を従えてかなたの街まで伸びている。
 蝉はすでに夜の帳の中で息をひそめていて、耳に届くのは、サンダルが砂利を踏む規則正しい音と、水がかたわらを流れるときの鈴が落ちるような音ばかりだった。
 往ってしまう夏を悼むようにつと顔を上げると、夏の靄ににじんだ星がちらちらと揺れている。その向こうには暗い空が広がっていて、遠く冷たい気配を覗かせていた。
「ああ、」
 星空に向かって僕が思わずもらしたため息が 8 月の終わりの空気と溶けあい、やがて落ちて、しじまに波紋が広がった。ハッとして顔を見合わせた僕たちは、そこでようやくお互いの存在を思い出した。視線が合って、カチンと音がした気がした。瞳の奥に遠く街の光が反射して、キラキラと光っているように見えた。ラムネ瓶の中の透明なビー玉が、日の光を一瞬受けてきらめくのに似ているな、と僕は思った。
 僕たちの心に去来するものはなんだったろうか。現実という街を遠く眺めながら、まるで夢の中を歩いているような気でいた。この道がとことわに終わらないような気さえしていた。そうしながら、僕たちは心の中で夏を反芻して、もう一度記憶に刻み込もうとする。あるいはそうしているのは僕たちではなく、僕だけだったのかもしれない。僕の双眸以外の全ての目は、もう秋のはじまりをじっと見ていたのかもしれない。
 ざわと追い風が立って、肩と肩の間を走り抜け、草の香りを巻き上げていった。僕の心を焦燥で掻き回す、秋の香りがする風。耳元にひいやりと囁きかけ、気まぐれに舞う風。
 あれは 8 月の終わりの夜だった。

--- Inspired by 日吉真澄「 8 月の夜の夢」

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